【2】キャリア・コンサルティングの知識とスキル

キャリア・コンサルティングの基本知識 (1of2)

1|キャリア理論

キャリア理論は大きく分けて「職業選択の理論」「状況的・社会的構造理論」「心理学的構造理論」「職業発達理論」の4つに分類されます。

職業選択理論

① 特性因子理論

キャリア理論の源流となるのは20世紀初頭の特性因子理論です。適切な職業選択は次の3ステップを踏むことによって行われます。

ステップ1:自分の適正、能力、興味、希望、資質、限界、その他諸特性を明確に理解すること。

ステップ2:様々な職業に関して、その仕事に求められる資質、成功の条件、 有利な点と不利な点、報酬、就職の機会、将来性などについての知識を得ること。

ステップ3:上記の二つの関係について、合理的な推論を行い、マッチングすること。

また、これらの課題を達成するためには下記の7つの項目が必要とされます。

① 個人資料の記述
② 自己分析
③ 選択と意思決定
④ カウンセラーによる分析
⑤ 職業についての概観と展望
⑥ 推論とアドバイス
⑦ 選択した職業への適合のための援助

パーソンズの理論は、人間には個人差、職業には職業差があり、両者をうまく合致させることは可能で、そのことがよい職業選択や職業適応になる。としています。これを「マッチング理論」としています。

パーソンズの考え方は、さまざまなキャリア・ガイダンスの分野で、個人差の研究やテスト開発などの充実に貢献しました。

その一方で、「職業と人との適合関係を重視しすぎる」「両者のダイナミッ クな関係や発達プロセスへの配慮が足らない」「現実の職業選択は必ずしも合理的推論だけでなく、情緒的、無意識的、非合理的要素によって左右される」といった、この理論に対する批判も存在することも、留めておいてください。

② 意思決定・期待理論

(a) 意思決定理論

職業選択理論には、「特性因子理論」のほかに、職業選択は職業に関する意思決定の連鎖的なプロセスであるという立場をとる「意思決定理論」と呼ばれるものがあります。

この理論は、「意思決定の要素を重視する立場のバンデュラ (Bandura, A.)」「意思決定のパラダイムを重視する立場のジェラット(Gelatt,A. B.)」の2つに分けられます。

バンデュラは個人のもっている信念や自己効力感の重要性を強調し、それらを動機づけと選択行動の主要な原動力と捉えています。

ジェラットは、経済学における投資戦略理論を意思決定理論に応用して、続意思決定モデルを提唱しています。

○ ジェラットの意思決定モデル

① 選択可能な行為、それから生じる結果と、結果が生じる確率を資料に基づいて予測すること(予測システム)
② 結果の望ましさを評価すること(価値システム)
③ 評価基準をあてはめて、目的にかなうものを選択すること(決定ステム)

(b) 期待理論

ブルーム(Vroom,V.H.)によって意思決定理論を数学的に説明したものが「期待理論」です。
ブルームは、モチベーションを規定する要因として、期待、誘導性、道具性の3つをあげ、行為への力をこの3要因の積として規定しました。

つまり、人が行動を起こすときは、その対象が正の価値があり、それを行うことによってよい結果が起きることが期待される場合に、この要素が「場の力」となって働き、行動を起こす力の大きさを決定します。

③ 社会的学習理論

ク ランボルツ(Krumboltz,J.D.)は、「職業選択行動は、学習の結果であって、過去に起こった出来事と将来起こるかもしれない出来事とを結び付けて解釈した結果である」とし、これを「社会的学習理論」としました。

クランボルツの理論
① 先天的要素としての能力(身体的条件など)
② 環境条件や出来事(雇用訓練機会、労働条件、労働市場など)
③ 学習経験(自分自身が経験したもの、他人を観察した結果、得られた経験)
④ 課題解決スキル(問題解決能力、労働習慣など)

「解決できる方法があるのにそれを学習しない」「不適切な選択肢を学習して いる」「能力がないと思い込んで、苦痛や不安を感じても何もしない」などは、 未学習や誤った信念、思い込みの学習が職業選択を難しくしている場合が多く見られます。

現在ではもっとも 基本的な理論として定着してます。

○ クランボルツの意思決定モデルとプロセス

ステップ1:これから解決すべき課題・問題は何かを明確にして、具体的な言葉で表す。そのうえで、選択可能な選択肢をあげる。

ステップ2:課題解決を行うためにはどうしたらよいか、具体的行動計画を立てる。具体的なステップと各段階での達成基準などを明らかにする。

ステップ3:課題解決において、その根本にある価値、大切にしたい価値基準を明らかにして、選択をすることによって得られる重要なものは何かを明確にする。

ステップ4:そのほかの考えうる代替案は、大切にしたい価値、能力、興味、関 心に基づいて作成する。

ステップ5:ステップ4で作成した代替案の一つひとつの予測される結果につい て考える。

ステップ6:必要な情報をさらに収集して、情報を整理し多角的に代替案を絞り込む。

ステップ7:絞り込み決定された代替案を実行に移し、具体的に行動する。

状況的・社会的構造理論

人は選択や決定を、環境との力動的な相互作用の中で行うという状況的・社会的構造理論」です。環境は一つの次元でなく、物理的、社会的また文化的次元をもちます。それは、その環境で生きる人々の選択、機会の利用、キャリア形成などに重大な影響を及ぼします。
キャリア発達の要因として、国や地域、家族などの場所によって、 また時代によって異なる背景を重視しています。

○ ブロンフェンブレナー (Bronfenbrenner,U.)の理論

① ミクロ・システム
家族に代表されるような、その構成員の活動、役割、直接的な関係による社会的対人的影響。例として、親の職業を子が継承する場合など。

② メゾ・システム
家庭、学校、職場などの複数のミクロ・システムからの影響が、相互に関係しながら個人に及ぼす影響。例として、学生がアルバイトをして影響を受ける場合など。

③ エクソ・システム
所属する環境とは別のミクロ・システムで起こっていることが、間接的に他の構成員に及ぼす影響。例として、親の職業が、間接的に子どもに影響を及ぼす場合など。

④ マクロ・システム
文化、国家、社会の規範、イデオロギーなどが個人に及ぼす影響。例として、世代間の行動様式・職業意識の違いなど。

状況的・社会的構造理論には、上記のブロンフェンブレナーの理論のはかに「個人があることを選択できるかどうかを規定する主な要因は、機会に出合うかどうかである」とした「機会理論」があげられます。

このように、状況的・社会的構造理論は、社会が個人の職業選択やキャリア形成を促進し、制約する側面を重視します。

ここで重要なことは、ある社会や集団のメンバーであることが直接、その選択やキャリア形成を決定するのではなく、人生の成功が所属の社会階層によって制約されないように援助するということであり、ここにキャリア・コンサルティングの役割があります。

心理学的構造理論

「心理学的構造理論」は、精神分析理論等から個人の心理的要因に焦点をあてて、キャリア行動を説明するものです。

① フロイト理論

ブリル(Brill,A.A.)は、フロイト(Freud,S.)が提唱した「快楽原則と現実原則」の考え方を適用し、職業選択はこの二つの原則を結びつけ、あるいは妥協をはかる行動領域であるとしました。

また、防衛機制の一つである「昇華」の概念を適用し、職業選択行動も根源的には人間の本能的欲求により動機づけられるが、それが社会的に価値あるものとして受け入れられるように学習していくとしました。

② アドラー、新フロイト学派

アドラー(Adler, A.)や新フロイト学派の「無意識より自我の力を重視し、人間は本能的存在より社会的存在である」とする考え方に立ち、職業と人間の発達を説明したのがマコービー(Maccoby,M.)です。

マコービーは「仕事は、人生に肯定的に立ち向かわせる態度を育て、成長や進歩をもたらす一方、欲求不満や抑圧を通じて退行をもたらすこともある。個人が仕事を抑圧的なものとして受けとめるか、挑戦的に受けとめるかは、どのような心の枠組みのなかで意志決定が行われるか、である」としています。

③ マーフィー、マズロー理論

マーフィー(Murphy J.V.)の欲求理論、マズロー(Maslow,A.H.)の欲求段階説などの考え方から、キャリア選択やキャ 説明したのがロー(Roe,A.)です。

① パーソナリティの個人差は、親の養育態度によってもたらされる
② 個人が遭遇する人的、物的相互作用に依存している

また、親の養育態度を情緒型、拒否型、受容型の3つに分けパーソナリティの個人差と職業選択との関係について研究しています。

(a) 情緒型
過保護と過剰欲求の両極端があり、もし条件があえば報酬のよい職業を望む。
(b) 拒否型
拒否か無関心の連続により、人間関係を志向せずモノ志向となる。
(C) 受容型
家族の対等の一員として、愛情をもって受容される。人間および人間以外の両方についてバランスのとれた職業選択を志向する。
 

【出典】“Early Determinants of Vocational Choice” by Anne Roe

○ ホランド (Holland, J.L.) の理論

職業選択やキャリア発達は、個人の行動スタイルや人格類型に着目して、それらと環境との相互作用の結果としてできあがるものであり、 人は社会的・環境的課題に取り組む独自の方法を身につけるという理論である。
ホランドは個人と環境を6類型に分類。個人と環境との類型が同一であることが、安定した職業選択や職業達成をもたらすとしている。

① 現在の文化圏においては、多くの人のパーソナリティは、現実的、 研究的、芸術的、社会的、企業的、慣習的の六つの類型に分けられる。

② また、生活環境もこれら六つの類型に分けられる。

③ 個人は、自分の役割や能力を発揮し、価値観や態度を表現し、かつ
自分に合った役割や課題を引き受けさせてくれる環境を求める。

④ 個人の行動は、その人のパーソナリティと環境の特徴との相互作用 によって決定される。

ホランドの理論は、その後実証的研究が進み、職業興味テスト(VPI:Vocational Preference Inventory)、職業レディネス・テスト (Vocational Readiness Test)などが日本で開発され、学生の進路指導に大きく貢献しています。

職業発達理論

① スーパーの理論

スーパー(Super,D,E)の理論(1957)は、職業発達理論の中でもっとも代表的な理論です。

① 個人は多様な可能性をもっており、さまざまな職業選択ができる。
② 職業発達は、個人の全人的な発達の一つの側面であるから、他の知的益法情緒的発達、社会的発達などと同様に、発達の一般原則に従うものである。
③ 職業発達の中核となるのは自己概念である。職業発達過程は、自己概念を発達させ、職業を通して実現させていくことを目的とした漸進的、継続的非可逆的プロセスであり、かつ、妥協と統合の過程である。

【出典】文部科学省「高等学校キャリア教育の手引き」

スーパーは、キャリアをたんに職業や職務の連続としてではなく、職業をふくむさまざまな役割の組み合わせとしてとらえ、「一生を通して、人はいかに多様な役割を果たし、それぞれの役割が相互に関連しあっているか」を説明するために、「ライフキャリアレインボー」モデルを発表しました。

② シェインの理論

シェイン(Schein,E.H.)は、キャリアを「人の一生を通じての仕事」「生涯を通じての人間の生き方、その表現のしかた」であるとし、「キャリア・アンカー」の概念を提唱しました。

「キャリア・アンカー」とは、個人が選択を迫られたときに、その人がもっとも手放したくない欲求、価値観、能力などのことで、その個人の自己像の中心を示すものです。

個人のキャリアを船とすると、そ れをつなぎ止める錨(アンカー)としての働きをするもので、ある人のキャリアの積極的定着促進要因といえる。シェインは次の考えを示しています。

(a) 専門的コンピタンス
企画・販売・人事・エンジニアなどの特定の分野で能力を発揮することに幸せを感じる。

(b) 経営管理コンピタンス
組織内の機能を相互的に結びつけ、対人関係を処理し、集団を統率する能力や権限を行使する能力を発揮し、組織の期待に応えることに幸せを感じる。

(C) 安定
仕事の満足度、雇用保障、年金、退職金など経済的安定を得ること、一つの組織に勤務し、組織への忠誠や献身などがみられる。

(d) 起業家的創造性
新しいものを創り出すこと、障害を乗り越える能力と意気込み、リスクを恐れず何かを達成すること、達成したものが自分の努力によるものだという欲求が原動力になる。

(e)自立(自律)
組織のルールに縛られず、自分のやり方で仕事を進めていく。組織に属している場合、仕事のペースを自分の裁量で自由に決めることを望む。

(f) 社会貢献
暮らしやすい社会の実現、救済、教育などに価値あることを成し、 転職してでも自分の関心のある分野で仕事をする機会を求める。

(g) 全体性との調和
個人的な欲求、家族の願望、自分の仕事などのバランスや調整に自分のライフワークをまとめたいと考えており、それをできるよう 考えている。

(h) チャレンジ
解決困難に見える問題の解決や手ごわい相手に打ち勝とうとする、知力、との競争でのやりがい、目新しさ、変化、難しさが目的となる。
スや調整に力を入れる。

シェインは個人のキャリア・アンカーを探ることは、キャリアにおける個人 のニーズを明確化し、自分のキャリアの方向性を明らかにできるとしています。