【1】キャリア・コンサルティングの社会的意義

キャリア・コンサルタントの倫理

キャリア・コンサルタントの倫理

キャリア・コンサルタントは、労働者のキャリア開発の援助者です。
援助といっても経済的援助ではなく、ヒューマンサービスです。
こうした援助行為を行うにあたって、援助とはどうあるべきか、そこでの倫理が問われます。

1|職業倫理としてのキャリア・コンサルティング

① キャリア・コンサルティング契約は、民法上の委任契約 (厳密には準委任契約)であり、その責任として善良なる管理者の注意義務(略して「善管注意義務」)が課されます。

② 援助関係を効果的に行うためには、信頼関係の形成が前提となります。そのためには相談者が安心して心を開いてくれるための守秘義務が確保されなければいけません。

④ キャリア・コンサルタントは産業社会での労働者のキャリア開発を援助する 者ですから、労働生活の質の向上に関心をもち、その援助をしなければいけません。そのためには、高い人権理念をもち、カウンセリング心理学のみならず、労働関連諸科学の知見を広め、最適な援助行為ができる能力の研鑽に努める義務があります。

⑤ キャリア・コンサルタントは激動する産業社会にあって、将来を確実に予見 できるわけではありません。自己の能力の限界とともにコンサルティングそのものの限界を自覚し、能力以上の援助を行うべきではありません。ときには専門機関への紹介や、関係者との共同的コンサルティングが必要になる場合もあります。

2|キャリア・コンサルティング契約上の責任倫理

1:契約の性質は準委任契約

キャリア・コンサルティング を行うことは、民法(第656条)に定められた準委任契約になります。

人の労務を利用する契約について、民法ではおもに以下の3種類の契約類型を定めています。

① 労務それ自体を目的とする雇用契約(第623条以下)
② 労務そのものよ りも労務によってつくり出された結果を目的とした請負契約(第632条以下)
③ ある法律行為あるいは業務をすることを任せる(事務の処理自体を目的とす る)委任契約(第643条以下)である

キャリア・コンサルティング契約関係は、相談者がコンサルタントを雇うわけではないから雇用契約とはいえないし、相談者の悩みの解消を請け負うわけではないから、請負契約でもありません。

コンサルティングは相談者の人間的成長への援助(行動変容への援助)をめざすものであり、相談者側から見れば、コンサルタントの技能を人格発展のために使うので委任契約となります。

委任契約の骨子は次のとおりです。

① 委任契約は仕事の委託の申し込みとその受託によって成立する。
② 受任者(コンサルタント)は善管注意義務をもって事務を処理しなければな
らない(第644条)。
③ 受任者は委任者の請求があればいつでも事務処理の状況を説明しなければならない(第645条)。
④ 特約がなければ、委任契約は無償である。
⑤ 委任契約は双方いつでも契約を解除できる。しかし、それにより相手が損害を受けるときには、損害を賠償しなければならない(第651条)。

2 委任契約上の注意点

「報告義務」
コンサルタントが企業側から、相談状況について報告を求められたときに相談者のプライバシー保護との関連で問題になることがある。

「報酬」
有償の場合には、最初に料金を明確に提示しておくことで大事です。

「契約の解除」
たとえば企業との間で、週1回1年間の契約期間が 交わされているときには、「やむをえない事情あるとき」あるいは「コンサルタント側に問題が生じた場合」などの以外には、例えば「何ヵ月前に解約」という取り決めをしておくとよいです。

「善管注意義務」
委任契約では、 委仕された目的の達成・結果ではなく、提供過程においてサービスの質が問題となります。

① 類似業種の医療契約

コンサルタントとして要求される水準以上のものを提供するのが望ましいですが、精神科医がカウンセリングを行う水準までは要求されません。

② 専門家の責任

専門家は非専門家に対してわかりやすく十分な情報提供の義務があります。

③ 契約に付随した責任

雇用者は「報酬を支払う」という基本的義務に加え、セクシャル ・ハラスメントや健康管理など安全配慮義務が付随的義務とされています。

3|キャリア・コンサルティング 「契約上の付随義務

1 守秘義務

① 守秘義務とは

キャリア・コンサルタントには職務上知りえた相談者の秘密を漏らし てはならない義務があります。
たとえば、医師・弁護士などが職務上知りえた秘密を漏らした場合には、 秘密漏示罪(刑法第134条)で罰せられます。この条文にはコンサルタントには例示されていないので刑法は適用されませんが、個人の秘密を漏らすことはプライバシー権の侵害として、不法行為となり損害賠償責任を 問われることがあります(民法第709条)
また、コンサルタントには、違う側面から守秘義務が必須です。 相談者とコンサルティング関係が効果的に成り立つには、守秘義務という信頼と安心感があるからだといえます。

② 守秘義務の内容

守秘義務の具体的内容は、次のとおりです。

(a) ここでの秘密とはプライバシーを含みますが、もっと広い概念です。プライバシーとは関係のない会社の秘密や、場合によっては(公務員が相談者の場合には)国家の秘密も含まれます。

(b) この義務は絶対ではありません。たとえば相談者が重要な不法行為や犯罪行為ならびにその危険性や「自傷・他害の恐れがある場合」等のように、秘密が漏らされて受ける損害よりも優先する重大な事項がある場合にのみ許されます。

(c) 守るべき秘密はコンサルティング中に知りえた秘密であること。

(d) キャリア・コンサルティング特有の問題としては、必要以上にクライエント
の過去のキャリアにふれてはいけません。キャリアの棚卸しの際に、ふれてもらいたくない過去のことを聞き出すことによって、精神に傷をつけることのないよう配慮しなければいけません。

③ 守秘義務と使用者からの報告要求との関係

労働安全衛生法(労安法)は、事業者に労働者の健康管理義務を負わせているし(第66条以下)、使用者に労働者の職業能力開発援助が義務づけられて います。

そこで、雇主側は労働者の管理の必要上、相談者の情報提供を求めてくる場合があります。民法も委任契約で委任者は受任者に対していつ でも仕事の状況についての報告を求めることができるとしています(第645条)。

よって、コンサルタントの守秘義務と衝突する可能性があります。
このような場合、まず第一として相談者の利益を守ることが必要です。ただ、雇主側の要求をまったく無視することは、報告義務を負う以上はできません。
そこで、双方の利益を調整をするためには、雇主側の要求に対して、厳し い制約を課すことが重要です。

(a) 報告を求める理由・目的に正当性があること。労務管理上のために利用したり、ほかに不利益なことに使わないこと。

(b) 要求する内容が正当な目的を実現するために必要性があり、内容も社会的に相当なものであること。

(c) (a)と(b)の要件が満たされるものであったとしても、できれば他の代替的な手段を検討しましょう。

以上のような配慮なしに守秘義務が果たせなかった結果、クライエントに損害を発生させた場合には債務不履行責任はあるいは不法行為責任を負う場合もあります。

2 クライエントを支配しない謙抑性の保持義務

転職・キャリア・アップは困難をともないます。数十回も応募しながら採用されないこともむずらしく無く、その家族の生活がかかっているだけに、真剣に助けを求めてきます。

(a) コンサルタントは、相談者が精神的に追いつめられていないかの見立てが必要であり、危険な状態が見られるときには危機介入し、相談者の安全を守らなければいけません(綱領第11条)。

(b) 相談者が真剣であればあるほど、コンサルタントもなんとかしたい 思い悩み、共に考えようとします。このときに注意しなければならないのは、 真剣さゆえに、クライエントを支配してしまうことです。安易な請け負いはすべきではありません(綱領第12条)。相談者の自己決定を尊重し、その援助こそがコンサルタントの果たすべき役割です(綱領第9条)。

(C) 情勢が激動期にあるときに、どれが最適な選択かを見定めることは非常にむずかしい。それだけにキャリア・コンサ ルタントは産業社会における社会科学分野についても、常に十分な研究、新しい情報の取得が必要です(綱領第5条)。

以上のことからキャリア・コンサルタントは、相談者がいかなる社会の変動にも自ら選択と対処しうる能力をつけられるよう援助します。

つまり、キャリア・コンサルタントに求められる資質とは
「自己の能力の正しい評価と謙虚さ」を持つことにあります。